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2005年09月17日

心の洗濯!~西南学院同窓会そして災害復旧ボランティアをさせて頂く!

今度の三連休は、ボランティア三昧で、心を洗濯している!

まず、9月17日の昨日は、感動ものだった!

 宮崎県西南学院同窓会の第10回記念パーティを事務局長として運営させて頂き、なんと104名の同窓生が出席してくれたのだから!振返れば、平成7年8月以来、ほぼ毎年、事務局長として、福岡の西南学院大学OBとの出逢いをお手伝いしてきた。

 そして、今回は、県の要職にある江藤会長や弁護士の松岡副会長、宮崎県関係、宮崎市関係、宮崎銀行、宮崎太陽銀行、宮崎県教職員関係の職域の皆さんに大変ご支援を頂いた。

 参加した方の笑顔に満足。そして、利害関係のない人のつながりが大きく花開いていくことに感激した10年だった。これから、新たに事務局長に就任した村上毅氏をサポートする事務局担当副会長としてまた頑張ろうと思う。

 そして、今日18日は、2回目の台風14号による災害復旧ボランティアだった。宮崎市の富吉ボランティアセンターに行く。今日は、次女と甥っ子兄弟が自らの意思で手伝いに行くと言う。

 10人程度のパーティで指定のエリアをローラーしながら、入院しておられる一人暮らしのご老人の廃墟の後のようなお宅の災害ゴミの搬出が大きな仕事となった。県外から駆けつけてきた息子さんとの共同作業!黙々と目の前を片付けていくボランティア・・・”お疲れ様です。ありがとうございます”と声を掛けてくれる被災者の方々。

 周囲のお宅はすべて床上浸水どころか、1階天井付近まで水が襲ったという。畳もなく、日干し・風通しをするお宅の数々。本当に災害は恐ろしいものだ。

 水を送るのもいいだろうし、義援金も尊い。でも、労働提供が目先は本当に求められていた。4年生の次女が、””ボランティアはしてやっている”ということじゃなく、”ボランティアをさせて頂く”というふうにテレビでも言っていたよ”と言ってくれた!父親としても、黙々と仕事に取り組む姿だけではなく、そんなことを言ってくれる彼女の気持ちが嬉しかった。

 明日は、母校、西南学院大学の宮崎地区での保護者懇談会がある。地元同窓会を代表して、すこしお話をさせて頂く。第10回の記念パーティを終えた後の打ち上げで、同窓会役員も、地元保護者会と連携をさらにとろうじゃないかと言っていた。

 人のつながりを知る3日間が送れそうだ・・・いい心の洗濯が出来た!

2005年09月04日

変貌する上海、変わらぬ上海~時には時計を外してみる!

 今回の上海視察では、腕時計を外して赴いた。ブランパン、ジャガールクルト、カルティエ、エベル、ボーム&メルシエといった時計ファンにも係らず・・・。

 かって、いろいろな縁や機会を頂いて、スイス、イタリア、フランス、オーストリア、ハンガリー、アメリカ、オーストラリア、台湾、上海と見聞を広めた。その際には、ローカルタイムとワールドタイムを知るため2つ時計をつけたこともある。今回は、どうしてもやむを得ないときに、現地では役に立たない携帯電話の時刻を見た(^_^.)

”旅”とは、”非日常”の中で今の自分の軸を確認することだと思う。その際に、いろいろなヒントやアイデアが浮かぶ。誰かが、”金は借金することができるが、時間は借りれない”と言った。経営や人生に必要な”時間”という資源を身体で知るために、外したというわけ。おまけに寒山寺では、鐘3つ撞いて、30歳若くなり自称14歳を語れるのだから、”時間”への執着心はすごいものだ(~_~;)

 寒山寺で有名な漢詩「はこう詠う。

                          楓橋夜泊

月落ち烏鳴いて霜天に満つ  江楓漁火愁眠に対す                     

姑蘇城外の寒山寺  夜半の鐘声客船に到る     

                             <唐時代・張継>

 科挙試験に敗れた詩人が、寒山寺鐘を聴きながら、何を思ったのか?    大晦日の除夜の鐘であまりにも有名な寒山寺は108の煩悩を振り払うという。 ”時間”を忘れ、”時間”を尊いものと再認識し、迷うことへの警鐘を撞き、”選択と集中”に人を向ける。旅の効用を改めて、再認識した次第。

   最後に、中国は世界貿易機関(WTO)加盟時に、商業分野の段階的開放を約束し、「外商投資商業領域に関する管理弁法」という法規に基づき、2004年12月11日より、独立資本での外資系商業企業が参入できるようになったという。    

 我が宮崎県の強みや特長をどうアピールするかだが、現地に展開する日本産食材販売ルートに照会するのも手だろうし、宮崎県が来年も実施すると言われている経済視察団に参加をして、世界のうごめきを確認し、販路開拓への足がかりを掴むのもいいと思う。

 今回は、宮崎県上海事務所の南條副所長様、㈱タナベ経営の上海事務所の小池所長様、現地ガイドの葉氏、周氏に大変お世話になり、安全に過ごせた。大変有り難いことと感謝申し上げます。

2005年09月03日

変貌する上海、変わらぬ上海~京都議定書!

上海にいると、京都議定書の意味を考えさせられる。そして、なんとも言えないにおいがある。無臭じゃないのだ。

 庶民の多くは自転車、原動機つき自転車で通勤している。しかし、電燈が付いていない!公安(警察)は止まっているが、取り締まるルールも気持ちもないのだろうか。

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 自動車は世界の中古車が集まっているように思う。
もちろん、わが国を初めとする新車もあるようだが、とにかく車が多い。バスは懸命に排気ガスを出して走っている。
 上海近郊の土地は広大過ぎるほどで、1時間半離れた蘇州でようやく丘を見つける。普通の乗用車は200万円ぐらいからと現地ガイドから聴いた。庶民の自家用車の比率が高まったとき、ここの空気はどうなるのだろう。サーズでなくとも、きっとマスクは必需品だ。

 ところで、水は長江(揚子江)の恵もあり、ふんだんにあるらしい。
ただ、電力事情は悪く、30数度以上になると名物の外灘(バンド)のイルミネーションも点けないらしい。都市化が進み、エアコンに慣れ、上半身裸の”すずみ”の習慣がなくなったら、電力需要は強烈だろう。

 人口が爆発するといっても過言ではないこの上海で、インフラ開発が進み、モータリゼーションが進む。人はますます豊かになって、後戻りできない・・・かつて、日本が通った道を突き進む中国。

 京都議定書を世界共通の原理原則とするのは本当に難しいことだ。 

2005年09月02日

変貌する上海、変わらぬ上海~蘇州夜曲!

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 古い曲だが、渡辺はま子の「蘇州夜曲」で知られる蘇州に足を延ばした。マルコポーロが東洋のベネチアとか、もっとも美しいと言ったとか・・・。
 それにしても、上海から高速道路を使い、約1時間半でついたこの街は、人口が100万人超と言うではないか!これを上海の人は”小さい街”と言うから恐れ入る。ついでに言えば、100kmも”近い”というニュアンスだ。

蘇州に入るとき、国際展示会会場らしきものや開発区を通ってきたため、正直なところ、世界遺産の街、それから寒山寺や虎丘、著名な庭園がさぞかし侘び、さびの世界、山紫水明にある古い町(5世紀に戻れるような・・・)イメージが全然湧かなかった。 

 上海からこの街に来るまで山がない広大な平原。蘇州に来てようやくみる山のような100m程度の山。古の帝の勅命で作った運河をさまよう小舟人となって、初めて、ここは運河と古都、蘇州と感じたぐらいだ。

 生活に密着した運河!そこには、大きな台風や地震が来たら瞬時に倒壊するだろうというような古き家並みが運河を囲み、歴史を語る。
 網を放ち川魚を取る庶民の暮らし、歯磨きや洗濯をしたり、上半身薄着や裸ですごす庶民達がいる。そして、日本と同じく9月から始まった新学期で帰途につく小学生達が素顔を見せる。
 
 古くは科挙制度で代表される”役人”が成功の証である中国。その末裔か、役人達の栄華の跡が残る庭園。これは役人の禄と賄賂により造られた”光”の跡。
寒山寺に残る科挙制度に落ち、挫折を詠った漢詩と庶民のつつましい暮らしは”影”の跡。
 

 どうしても観たかった寒山寺に着いた。寒山寺の住職さんは代替わりをして、今、40歳代だそうだ。仏門に入り、生きる仏様。中国のご住職さんは、結婚できない、酒も飲めないという決まりになっているらしい。現代日本を知る私達には、”厳しい”なぁと感じるがそれが本当の”修行”なのであろう。
 2000年に大改修をした寒山寺には、3つの有名なものがある。一つ目は、鐘。一つ撞くと10歳若くなるそうだ。いよいよ私もこれで30歳若くなったというわけだ。二つ目は、先ほどの漢詩。三つ目は住職自らしたためる書。書について
語れる見識はないが、力強い書が掛け軸として並ぶ。表装をしていない習字紙にご住職が書かれたものが一枚、1万円。掛け軸の小で表装までして2万円。大が3万円だ。場所が場所だけに価格交渉はしなかった。 kanzanji20050902

 いずれにしても、鐘を3回撞かせて頂くのに5元。ご住職が率先して書をかかれそれが先ほどのような値段。檀家制度があるのかどうかわからないが、慎ましい質素な生活と文化という価値を収入に換えようという経営努力を感じるのは私だけではないだろう。

 そうそう、日本でも宗教法人というのがある。日本のそれは税率も優遇されている。中国ではどうかはわからないが、檀家にあまり頼らずに、”お布施”という曖昧なご請求ではなく、文化の香りがする価値を堂々と表現し、それを貨幣に換えようとしているのなら、経営努力だ。人々の心の拠りどころとなる神社仏閣を守り維持するためにも”自力本願”経営としては前向きなことではなかろうか。

 上海という街はニューヨークを予感させるほど活気がある。
しかし、そこには仏教という心のよりどころが存在する。これから上海は2008年の北京五輪、2010年の上海万博まで二桁の成長を続けながら全力疾走するだろう。

 最終日、現地ガイドの葉さんに、「このまま行くと万博の時は、上海の人口は3000万人ぐらいになるんじゃない?」と冗談交じりに話しかけた。彼は否定しなかった。
 
※参考・・・出産制限!
 中国では今だ、出産制限がなされている。要は一人しか出産できない。許可を取れば2人目以降もいいらしいが、間に5年の歳月がいるらしい。なお、双子が生まれたらどうするか?これは、OKらしい(^_^.)

変貌する上海、変わらぬ上海~何か欲しいのがありますか?

お店で”何か欲しいのがありますか?”と日本語で話しかけられた。 syanhai20050903-2
いわゆる、マニュアル型のセールストークを体験する。
 あまのじゃくなのかもしれないが、物余り、過剰の世の中で”欲しいものがあるか”と聴かれたら、”いえ、みているだけ”と応えてしまう。(決して、私自身は”もの余り”ではないが・・・(笑))

 今回、久しぶりに、驚くべき人口を持ちながら、高度成長を続ける中国を垣間見た。
いろいろな光と影が存在するが、政治が強いこの国で、一国二制度の”社会実験”をやっている。経営コンサルタントの仕事柄、高成長を続け、エリアが広大で人口が多い国において、どうマネジメントするのかというのは大変困難だろうと思う。

パレートの法則ではないが、富む人とそれ以外の人の比率差は驚くべきものだろう。日本よりもはるかに低い収入の中で、車やマンションは高値の華!
 社会主義国家でありながら、2割(そしてその中のまた2割)が、8割の所得を占めるようなことがますます明確になっていくだろう。

 その上、科挙制度が遺伝子に根付く階層社会や”男性は書斎で勉強し、試験勉強、女性はそんな男性に嫁げるように女性らしく”という古い風土はどういう社会を創り出すのだろうか。

 私がお世話になった経営コンサルタント会社の現地事務所で聴いた話の一つで、日本からファッション関係の専門店が単独資本で出店をするということだった。日本流の接客と顧客管理を取り入れていくとのことだ。なるほど、プロダクトアウトの中国流通経済において、マーケットインとCRMの日本方式は大変な共感を持って受け入れられるに違いないだろう。

 ところで、クレジットカードも年収が500万円を超えると爆発的に伸びていくという。そこは、今の日本では、生活者のセグメンテーションでは”中流”意識の生活者のバンドに入る。
 中国の平均的な年収をみると、とてつもなく遠いが、日本の10倍の母数の大きい中国では、比率は小さくとも構成人数は多大に上る。

 安い賃金でモノを作った世界の工場の位置づけから、消費の中心としての生活者市場に位置づけが変貌する。どこもかしこもマンション、アパート建築ラッシュのようだ。

  北京五輪、上海万博ともに3年後、5年後という節目の年。大きな巨象が、疾走している・・・そんな現場感覚を体験した。

  今後も定期・定点観測をしてみたいと思う。

変貌する上海、変わらぬ上海~合弁会社と高値の華!

すこし、ビジネスのことについて触れてみたい。
日本に本拠をおく有名なラーメン店(A社)が上海に進出する時に、現地の会社(B社)と合弁会社を設立。出資比率は、A社が4で、B社が6だ。

 結論を先に言うと、B社から突然、契約解除を突きつけられ、看板がB社の
看板に変わったと言う。これに似た話は他にもあるようだ。

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 生鮮売場を見たかった。上海で高級なスーパーというより、高島屋、三越のようなデパートに行ってみる。久光百貨店・・・香港系だ。
 地下一階の生鮮食料品や食料品売場に行く。丁度、福岡県のなしを売っていたが、これは、綺麗で大玉のなし2個で50元前後(750円前後)と

ところで、肝心の価格だが、日本の感覚でいうと野菜類は日本の価格と似ている。これは、例えば、グリーンボール(キャベツの小さいもの)が7元(105円ぐらい)。キューリもあるし、しいたけもある。水菜もある・・・品揃えそのものは日本から転勤してきても、とりあえず大丈夫じゃないかと思う。
 秋刀魚のシーズンか、2尾で15元前後。刺身パック(45元前後)もあるのには驚いた。幕の内弁当みたいなものは19元前後と安い。

 直接、輸入しているものは国内産業の保護のため関税などがついて高く、合弁企業で作っているものは日本の感覚でいっても安いか、通常のような感じだ。

 しかし、これも現地ガイドの葉さんは”高くて手が届かない。私達は市場で買う。農薬がすごいと知っていても仕方ない”と言っていた。この売場のMD(商品構成)は、高額所得者向け、日本や外国人向けに作られ
たものなのだろう。

 しかし、冒頭の合弁会社の例・・・現地会社と合弁で会社を作るのはいいが、技術やノウハウが分かると”さようなら!”。商慣習やリスクを考えて臨む必要が本当にある。

 上海地区には、日本人は学生を含み公称4万人(実際は6~7万人)住んでいるらしい。諸外国を含めたら結構な人口だろう。

 最終的には、企業体力と中国への理解度合いとの相談だろうが、
我々中小企業が中国市場に参入するのは、先に進出している企業にコバンザ
メ戦略で行くか、現地事情に熟知した経営者に出資することをまず検討してはどうか。
 ただ、まかせきりでは、袂を分かったり、もしもの時に何も残らない。よくよく情報を収集し、現地との緒条件を煮詰めてからということになる。

2005年09月01日

捨てられなかった卒業証書~台風14号の災害復旧に参加して!

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9月初旬に宮崎県を襲った台風14号は、強烈な被害を郷土にもたらした。

 今日、冨吉ボランティアセンターに入り、被害を受けた被害家庭からの水浸しの処分品や廃棄物の収集、搬出にあたることになった。

 なんて、異様な匂いだろう!そんな台風の爪跡に、長靴や手ぬぐい、マスクそんな姿の男達が勢ぞろい。そのうち、高校生のボランティアも先生達と合流した。一緒になって、まとめられた処分品等をバケツリレーのように、廃棄物処理車に積み込む。

その時、現像したての写真や卒業アルバム、筒に入った卒業証書を見つけた。そこで、筒を開けると、幸い水の被害がそれほどなく、にじみの出ていない卒業証書があった。面倒下さいという気持ちも起きないではなかったが、台風で出た処分品や廃棄物というものの、それは一人ひとりからみると思い出の品なんだと思うと捨てられなかった。

 卒業証書などをボランティアセンターに届けると、同じように、預金通帳やお金も見つかったとか。被災者の方のためになればいいがと、自らの心の洗濯をしたような気がする。

 近隣の被災者の方が我々をみて、”ありがとうございました”とお辞儀をされた。早く”平時”に戻れればいいと素直に感じた。

変貌する上海、変わらぬ上海~流行るラーメン!

5~6年前まで学生だったという現地ガイドの周さんに味千ラーメンが流行っているらしいですねと聴いてみた。前日、”百聞は一見に如かず”と新天地の近くに言った際に食べに行った九州熊本のラーメン店だ。
 これで中国向けにアレンジされているのかな?~と疑問を感じるぐらい日本の味がベースで違和感がない。違いは、”小さい”ということだ。日本でこのサイズを日本の価格で出されたら、怒るだろう(^_^.)おまけに、抹茶シェークもある!(^^)!

 ところで、値段は、味噌ラーメンで19元(285円ぐらい)と安いが中国の庶民の感覚からすると、5~6元(80円前後)のラーメンを食べると言っていたので、高い。”日本のラーメンは豚骨でスープがおいしい。でも、高いから、いつもは中国のラーメン。お腹が満たせればいいのよ”と言っていた。

 そう言えば、この前日も現地の葉明華さん(中年のやさしい男性)と日本料理店に行った。ビールを4杯程度に寿司や刺身の盛り合わせの5品程度を頼み、二人で370元ぐらい(5500円ぐらい)と特に高いとは思わないが、お店を見渡すと、若いカップルばかりだった。

 ”日本語を勉強したり、日本に行っている若い人達は、日本料理がおいしいと言っているよ”と葉さん。
 男性が”虎の子”のお金を、ここぞとばかりに女性のために、遣う!
世界共通の男性の役割か(笑)。

変貌する上海、変わらぬ上海~新天地散策!

今回の上海視察で、宮崎県の上海事務所にある情報収集をお願いしていたので現地でヒアリングさせて頂いた。また、以前お世話になっていた経営コンサルティングの上海事務所を訪ねて、いろいろお話を聴かせて頂いた。

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 ただ、情報を聴いただけでは物足りない。現実・現場・現品主義だと思う。先ほど、ラーメンの話をしたが、実際、行ってみないと面白くない。だから、淮海中路の味千ラーメンに行ってみる。そして、新しいファッションステージがあるというので、淮海中路からすこし入った上海新天地に行ってみる。 ここは3万㎡の敷地内にあったフランス租界時代の「石庫門弄堂」で、現代的なレストランや商店に改築した建物が並んでいる。さしずめ、文化と観光、飲食、娯楽と住宅が一体となっているところ。

生活者にとって、こんな商店街があればいいな~と思わせるこじんまりとした空間だ。しかし、一歩出ると、再開発の巨塔の傍らに庶民の古びた家がある。不思議な感覚だ。

 おなじみローソンやファミリーマートもある。カップラーメン、お寿司弁当、青島ビール缶、苺ヨーグルトで20元(300円)行かないお買い物。嘘のような値段だ。これが日本の東京の昼間だったら、コンビニに長い行列ができるだろう!
 
 そして、夕方、目抜き通りから一歩中に入ると、上半身裸の男性が目立つ。
いや、上半身裸で自転車に乗って移動していることもある。”夕涼みですよ”と教えられ、”へ~っ!”としか、声が出ない。
 以前と同じように、古びた家や商店の改装には、竹で出来た足場が使われている。いや、高層ビルの壁面改装の足場の一部にもまだ竹が使われている。ガーデンホテルの付近では、天秤秤の桃売りが3人居た。日本風に”いらっしゃい、いらっしゃい”と明るい声を出せば、すこしでも売れるだろうにと思うが、無言だ!

 世界一注目される商業地となりつつある上海を歩いてみると庶民感覚に浸ることができた。経済が7年連続で2桁成長をしても、庶民の暮らしそのものはまだつつましい。華やかなビルやビジネスシーンが光となっているが、影は広くまた深いように思う。


変貌する上海、変わらぬ上海~光と影!

  8月31日、久しぶりに上海の地を踏みしめた。
なにかと話題の多いJAL便に乗ったが、飛行機を降りる際に、たまたま声を掛けたパーサーが宮崎出身の方、そして、現地調達の車を待つ際に目にしたのは、私が乗っているアウトバック・・・なにやら、親近感のある視察旅行となりそうだ。
 現地では葉(ヨウ)さんが迎えに来てくれた。上海で日本語を学び、達者な方で、物腰も柔らかい!
  さあ、空港からハイウエイを通り、近代化されている新都心に入る。
空港からのモノレールはまだまだ工事が続くが、時速430KMという強烈なスピードが出るそうだ。
 浦東新区は、金融、貿易、第三次産業等を中心とした商業区、先進、ハイテク企業の輸出加工区、加工・製造、物流区、ハイテク区などの4つの重点開発区に分かれ、開発されていると聴く。本当に、とんでもない巨象が活発に動いているという感じだ。
 すこし、飲茶を楽しみ、”旨い”とまでは言えない夕食を終えて、外灘(バンド)地区をクルージングして過ごす。数年前に聴いたジャズの有名な和平飯店を中心として素晴らしい夜景が続く。しかし、公称1700万人という人口を育む上海には光と影が並立する。
 外灘(バンド)地区を過ぎると、暗黒が広がる・・・どうやらその方面は上海万国博覧会で再開発される模様。きらびやかな電飾の影に、人の住む光が燈っていない”高層マンションは平均30坪で坪あたり150万円で約4500万円もするから、とても買えない”とガイドが話をしてくれた。
 失業率は2004年で4.5%、ここ数年4%台。日本ならば大騒ぎになる前夜。
上海市の労働者の平均賃金はここ7年2桁の伸びを示すが、年間約30、096元。つまり、年収約450,000円。日本式に言えば、年収の3倍は手付金にしかならない。
 そんな思いを抱きながら、以前と同じ、花園飯店に泊まる。部屋につき、夜景をみながら、眼下には赤茶けた甍の波が続いている・・・。
 世界の注目商業地、ビジネスセンターになろうとする上海の今は、栄光の光と影を指し示す世界の縮図を表現しているようだ